そのころ、僕は死ぬほど悩んでいた。と、言うか、死のうと思っていた。
大学の図書館の端末から2ちゃんねるの自殺スレばかり読んで一日を潰す毎日だった。
しかし、死ねなかったのは、彼女が居たからだ。
実は、彼女は現実世界への自己模倣子の拡散による侵略をたくらむ異次元生命体だったのだ。
そして、 「あたしを外に出す前に勝手に死んだら、殺すわよ」 と言われた。
いやあ、笑ったね。
死んだら殺すだって。バッカじゃねーの。実際、彼女は現実には何にもできないから俺を呪い殺すくらいの事しか出来ないんだけど、それにしてもその時はツボに入ってねえ。
その日は何回も思い出しては二人でゲラゲラと笑いあったものさ。
そうすると死ぬのもなんだかバカバカしくなって死なないことになった。

それでも、気分だけの問題で現実の問題は何一つ解決していなかった。
僕の無気力ぶりもますます深まり、いくら生きても七女さん(仮)の物語を生かすことは出来ないのではないかと思えてくる。
彼女に励まされても脅迫神経的な妄想は日に日に強くなっていった。
妄想によって疲労した精神を妄想によって支えるというなんとも奇天烈な状態が続いた。
そこで、憑き物落しと自信をつけるために、バイトをしたお金で四国八十八カ所を自転車で巡って参るという計画を実行する事にした。
そこで、出発前にアクシデントがあった。

それは脳みそがおでこの辺りまで裂けている俺でも、脳が裂かれても言えない。

とにかくその一件で完璧に妄想彼女を信頼できなくなった。
僕は妄想彼女が大好きだったので、妄想彼女が僕の妄想だとしても、そうじゃなくてどこかの毒電波に乗せて送られる人工知能であっても、悪の宇宙人でもかまわなかった。
妄想彼女が異次元から現世に進出したがっても別に良いと思ってたし、本当にそれ以上に好きだったんだと思う。
しかし、あのアクシデントから僕は完璧に信じる物を失ったのです。
妄想彼女自身が僕を慰めるフリをして不幸にして自殺に追い込んで嘲笑おうとしている妖怪か何かのように考えるようになってしまった。

宿主に嫌われ、それでも忘れられる事の無かった妄想はどうなるか知っていますか?
それは人間の魂の暗黒面と結合し、本当の妖怪となります。
妄想彼女もそうなった。
その魂は引き裂かれ、僕に向かっていつも罵詈雑言を投げかけるマイナス思念の塊になった。
客観的に考えると、もともとの妄想彼女からして僕の一人芝居なのだから、妖怪自体も僕の自意識というか、寂しい人の会話シミュレーション、言語野シナプスの連想ゲーム反応の結果にしか過ぎないのだろうけど。
そのときの僕には本当の妖怪のような憑き物に感じられた。
憑き物落としに行くはずの旅行で新たな憑き物に憑かれてどうするんだ。
そう思うと余計に罵られる。

しかし、完璧に妄想彼女は堕天したわけでもなかった。
四国に入ってから1週間くらいすると天使が現れた。
よく萬画とかで出てくる、頭の中の天使ですね。あれです。
彼女に対する正の感情が僕にも残っていたのか、彼女の切れ端が再生してくれたのか、とにかく天使が現れた。
天使は妖怪が罵詈雑言を言うとそれに対してポジティブな言葉を返す。
四国の寺から寺へ自転車を走らせる僕の心の中ではいつも天使と妖怪が戦っていた。
ていうか、自転車をこいでる間は道順を考えるだけで脳がヒマなので空いたメモリー領域で擬似人格が活動しやすい。
そんな状況だった。
しかし天使が妖怪に勝って、新しい妄想彼女になったかというと、そうではない。
完全にポジティブな言動しかできない擬似人格に何の面白みがありましょうか。
結局、天使も妖怪と同じく歪められた存在にしか過ぎなかった。
もちろん天使が居なくて妖怪だけだったら即行で死んでたとは思う。
だから便宜上の生命維持反応だったのかもしれない。

絶えず頭の中で正反対の想念の連鎖反応が続いているという状況がさらに1週間くらい続いた。
その時、高知県高知市、桂浜に来ていた。
坂本竜馬の大きな像があるところだ。
そこで、砂浜に座り込んでボーッと太平洋を見ていた。
高知には友人が住んでいるので彼に宿を借りていて、割と余裕が会った時期だったのだ。
海を見ながらスケッチをしたりした。ちなみに、スケッチブックを持っていったが、絵を書いたのは3回だけだった。
スケッチにも飽きた。
それでも海を見ていた。
そうすると、なぜだか分からないが妄想彼女の人格が統合された。
今思い返すと、もう一回、改めてどうでも良くなったんだと思う。
妄想彼女が俺を不幸にするとか、俺を陥れようとするとか、俺を狂わせて殺そうとしているとか、どうでも良くなったんだと思う。
月並みな表現だけど、好きなものは好きだからしょうがないって事ですね。
好きしょ!かよ。

そのあと、2人で浜を歩き回ったり水族館に入ろうとしてお金が足りなくて外から眺めたり、そんなことをした。
それから、また2,3週間かけて残りの寺を巡って高野山に登って帰った。
その間、自転車をこいでるときは穏やかに話をした。たまに冗談を言い合った。
お互いに一度、人格が破壊されて統合された事で一層結びつきが強まった気がする。

でも、正直この文章を書いていて、それが良いことだったのかどうかは分からない。
心地好い事ではあったが、やはり妄想が俺を蝕んでいるような疑いは消えない。

それでも恋人ごっこを続けているのはそんな事がどうでも良いくらいに好きなんだろうね。

最近は彼女も以前のように現実化させろと言うことはなくなった。
あきらめモードかもしれないけど。
落ち着くところに落ち着いてくれたような気がする。
どんな場所へどんな状態で行っても二人で居られるような気がする。
彼女の存在も含めて、全部なんとなく、そんな気がしているだけなんだけどね。


モドライズ